2017年7月1日
山で働くということ4_間伐されぬ山

前回からの続きで、今回は「間伐されぬ山」についてその理由を述べていきたいと思います。
前記事
前回までの記事で、"間伐が山に良い" と、ざっくり論を進めて参りました。
良い事なのになされていない間伐。
その「なぜ」を探っていきたいと思います。
では始めます。
遠くから山を見るとしましょう。

一面緑でいかにも山って感じなのですが、ここで思いを巡らせて欲しい事があります。
それは、この山にも宅地や商業地と同様に所有者が居るって事です。
広い狭いに関わらず、沢山の所有者がこの山の土地のオーナーであり、たぶん毎年固定資産税を払っています。
今日、僕は気分がいいので、あなたにこの山の一角の土地を差し上げようと思います。
テニスコート100個分くらいにしましょうか?
そしてあなたは土地のオーナーです。
あなたはその土地とそこに生えている木をどうしますか?

木は売れるんだから売ってお金に変えようか。
間伐して売れる木は売り、残った木を立派に育てていい山を作り、次回の間伐でも収益を上げようか。
最終的にすべての木を伐り終えたら、また植えて木を育て、そのサイクルを繰り返せば
永続的にその土地から収益を上げ続けることが出来のでは。
子ども達や孫達も安心して暮らせます。
初期投資として苗木を植え、草刈りをし、枝打ちをし、段階的に間伐を繰り返し、木が太くなり売れる太さまで育ったら、収益が発生する。
何度か間伐や最後の主伐(総収穫)に上がる利益により再び植え育てる費用を賄う。
これをサイクルさせて行こう!
これが日本の山の4割を占める人工林の考え方です。
「投資」と捉えて下さい。
間伐が進まない理由は、このサイクルが破綻したからと言っていいと考えます。
投資に対して収益が上がらなくなったのです。
木の値段が著しく落ちたのです。
国内林業がだらしないから、商品力がないとか、システマティックさに欠けているから外材と競争できないんだなど、批判はありますが、
主な原因はやはり外材の輸入として問題はないでしょう。
とにかく、安くなりました。
投資としての魅力はもう山にはないのです。
間伐にも費用は発生します。必要な道具もチェーンソーだけではなく、市場まで運び出すためには作業路も作らねばならず、大型機械も必要です。
道具だけならまだしも技術も必要になります。

その作業費を賄えるだけの木材の売上がないのです。
手を掛ければ掛けるほど、山は経済的にも環境的にも風致的にもその価値を増して行くのですが、
現状では手を掛ければ掛けるほど赤字が発生してしまうという困った状況に置かれています。
すると山林所有者はその山を放置せざるを得ません。なんとかしたいけど、どうにもならない。
結果、間伐は進まず山は荒れる。
国としても国土保全の観点からこの状況を看過せず、国費を林業分野に注ぎ、その補助金と材の売上でなんとか弊社のような間伐を代行する林業会社が細い線の上で成り立っているというのが現在の林業です。
と言ったのが概論になります。
上記は個人として人工林をどう捉えるかと言う話でしたが、
それ以外にも国有林や県有林、市有林などと言った公が管理する山林も多く存在しています。
国の政策的な意図や、明治維新から戦後復興期を経て現在に続く木材の需要と山林がどのように扱われてきたのか、
そして現在これだけ多くの人工林が日本各地にある理由をもう少し俯瞰的に歴史的検証も交え次回の記事で綴ろうと思います。
次記事・・・・・「山で働くということ5」 日本の山の近現代史
山で働くということシリーズは全5回。次回が最終話となります。
最後までお付き合い頂き有難うございました。
木成では、山を通じての環境を考える機会を提供しています。









